TBWA\HAKUHODOの伊藤裕平です。現在は、Disruption Labという組織でアートディレクターのリーダーをしています。これまで、広告のアートディレクションやクリエイティブディレクションを専門領域として、ユニクロ、日産、アディダス、セブン-イレブンといったクライアントのコミュニケーション設計に携わってきました。私が仕事において最も大切にしているのは、そのデザインをアウトプットする以前と以後で、どれだけ対象の社会的価値観やポジションをポジティブに変化させることができるのか?ということです。その変化の度合いが大きければ大きいほど難しいチャレンジになる(その分やりがいがある)と思っています。逆に言えば、現代においては社会に具体的な変化を起こせないデザインには、説得力が無くなってきている、と私は考えています。
一番記憶に残る代表的な成果や経験を教えてください。
私たちが企画制作を担当したSHELLMETの話をさせてください。(日本向けにはHOTAMETという名前で展開しています。)日本一のホタテ水揚げ量を誇る猿払村では、年間約4万tにも及ぶホタテの廃棄貝殻の堆積に悩まされていました。放置された貝殻1枚1枚には、微量のカドミウムという重金属が付着していて、専門家によると、貝殻が堆積されることで、カドミウムが濃縮され地下水や土壌に侵食し、地域の環境保全上の問題となってしまうということが分かっていました。私たちは、この廃棄貝殻を単なる村の「ゴミ」ではなく、新たな「資源」に変え、循環型社会の実現を目指せないかと考えました。そこで、高いエコプラスチック技術を持つ甲子化学工業と共に廃棄貝殻をプラスチックと混ぜ合わせた新素材「カラスチック」を開発し、その新素材を使って漁師のためのヘルメットをデザインしたのです。なぜヘルメットなのか?ホタテを獲る漁師は、日常的にヘルメットを着用して、船の上で転倒する危険から身を守っています。もしも、ホタテ漁師が被るヘルメットを、漁師たちが獲ったホタテの殻から作り出すエコシステムを構築できたら?そんなふうに考えて、「これまで外敵から身を守ってきた貝殻が、今度は人の命を守るものに生まれ変わる。」というコンセプトを軸にプロジェクトを推進しました。
SHELLMETのデザインで特にこだわったのは、バイオミミクリー(生物模倣)の考えに基づき、ホタテの構造を模倣した特殊なリブ構造です。そのリブによって、通常のヘルメットよりも約33%高い強度を実現させました。元々は漁師の方のために着想したヘルメットでしたが、国内外のPRも功を奏し、結果的に多くの方々に知っていただけるものになりました。その結果、大阪万博の公式ヘルメットにも採用され、ポルトガルのリスボン美術館MAATでも招待展示されたり、シンガポール国立博物館からも展示のオファーが届くなど、多くの反響を呼びました。
さらにはこのSHELLMETのニュースをきっかけに、素材である「カラスチック」にも注目が集まり、数多くの企業様から自社商品への使用を前提にした相談をいただいたり、地球の裏側のチリからコラボレーションのオファーが届き、現在いくつものプロジェクトが同時進行中です。こうして素材の活用がうまくスケールしていけば、本当の意味で廃棄貝殻を大切な資源に変えることができるようになります。この経験を通して、私たちが普段広告制作の中で身に付けてきたビジョンメイキングと情報伝達のスキルが社会課題解決にも応用・拡張できることを確信しました。
作業過程が知りたく存じます。自分だけのデザインプロセスがございましたら、お聞きしたいと思います。
私はデザインのプロセスにおいて、多くの場合、「未来の一枚絵」を考えてみることからはじめます。未来の世界にこんなものがあったら良い、こんな世界になっていたら良いなというイメージです。手書きで描くときもあれば、デザインラフとして起こすこともあります。もちろんいきなりパッと全て完璧なものが思いつくわけではありません。打ち合わせで、対象が抱える課題やチームの話を聞きながら、まずは1枚絵の中にすべての情報やアイディアを集約してみるのです。そこから何度も描き直したりラフを磨いていくことで、無駄が削ぎ落とされ本質が浮かび上がっていきます。私はこの“一枚絵発想法”で、CMもグラフィックもプロダクトデザインも空間デザインも、ジャンルを問わず多くのディレクションを行ってきました。
特に広告の枠組みを超えた仕事の場合、共通言語が通じる広告業界のメンバーだけでなく、多くのステークホルダーに情報共有をする必要があるため、何十ページにも及ぶ企画書で説明するよりも、一枚絵の中にゴールイメージを集約した方が、結果的にみんな1つの方向に進みやすいのです。一枚絵発想は、ディレクションをシンプルにするだけでなく、共有コストを下げ効率化することにも役立つのです。
一番尊敬するデザイナーはどなたでしょうか?どのような影響をお受けいたしましたか?
SAMURAIの佐藤可士和さんです。博報堂のアートディレクターとしての先輩でもある佐藤さんの手がける仕事は、デザインやその設計思想が美しいのはもちろん、多くの場合、社会に大きなインパクトをもたらし、担当した企業や商品の価値観を大きく変化させることに成功している点が特に素晴らしいと思います。また、佐藤さんは、私が美術大学生の頃からスタークリエイターでしたが、今もなお現役で新しいアートディレクションの可能性を後進の我々に示してくれている点に加えて、セブン-イレブンのプライベート商品のトータルディレクション、ユニクロ、楽天、TSUTAYA、くら寿司のブランディングなど、我々が普段の生活の中で必ず目にする企業や商品をダイナミックに改革していっている点も特筆すべき点だと思います。佐藤さんの活躍によって日本におけるアートディレクターの地位は、確実に向上したと思います。
そして、企業のロゴデザインから始まり、オフィスや工場、アミューズメントパークなどの空間ディレクションにまで及ぶクリエイションの幅の広さについても、私自身大きな影響を受けており、自分が何かプロジェクトを任される際にも、佐藤さんのようにスケールの大きな仕事にしたいと思って常に取り組んでいます。
10年後、デザイン市場はどのように変わるのでしょうか?
グラフィックも、プロダクトも、建築も、デザインを製造・提供する上で環境経営を意識した持続可能なスキームとセットで計画できないプレイヤーは、社会から必要されなくなっていくということは間違いないと思います。今の日本では、持続可能性は「問い」としてプロジェクトで議論されることはあっても最終的に「妥協点」を見つけることでビジネスを推進していくのがリアルな状況ですが、今後はその意識もよりシビアになっていき、必然的にデザイナーにも環境学や経済学など多くのリスキリングが必要になってくると想像しています。実際に我々のチームでも定期的に環境経営についての勉強会を開催するなどしています。
また、私が言及するまでもなく、AIの台頭によって“作る”行為のハードルは年々下がっていく分、これまでよりさらに何かを生み出すことに対して責任を持てる職種のことをデザイナーと呼ぶようになっていくのではないでしょうか。それに伴って、デザイナーの評価軸も変化すると思います。どれだけ時代の文脈を理解しながらダイレクトでポジティブな変化を生み出してくれるかどうかが、そのデザイナーをアサインする理由と、評価のポイントになってくると思います。また、もう1つ上げるなら、今後、日本における医療福祉に関するデザインも、もっと注目が集まり面白くなっていくのではないでしょうか。デザインは社会課題を解決できるパワフルなものだということを、特に若い世代は我々世代よりも解像度高く理解しています。そのため、日本が抱える超高齢化社会という課題に対しても、具体的打開策となるクリエイティブなアイディアが多く登場するのではないかと思っています。
デザイナーとして自分だけの哲学や信念などはございますか?
信念として持っているのは、「アートディレクターのキャンバスは社会」だということです。つまり、デスクトップの中だけでデザインを終わらせない、ということです。もっと言うと、(Adobeの)illustratorやPhotoshopのアートボードの中だけで完璧なデザインは、街に出ていくと弱くなることがあります。これは、仕事をする中で私自身が何度も経験したことで、私の様に美術大学出身デザイナーのような“スキルを持っている”人こそ、陥りやすい落とし穴なのです。そのため、生み出したデザイン自身が人や社会と接点を持ち、他人の手で広がっていくことを念頭においた「強度と柔軟性のあるデザイン」を意識して常に仕事に取り組んでいます。隙があるのに強度がある、そんなデザインこそ時代の流れに消費されないものであると考えています。そのため、企画段階でも、この仕事が10年後に残っているかどうか? 運用する人たちが幸せかどうか?など、ミクロとマクロの「問い」を自分やチームにぶつけながら、最終的に「社会に許容され広がっていくかどうか」をしつこく検証するように心がけています。
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